初恋の人
初恋の人           ひがし
 
「初恋の人?」
「うん。お昼休みにちょっと話題になったの。利佳ちゃんが今好きな人は生まれて初めて好きになった人だ、って言ったところから始まったんだけどね。そしたら千春ちゃんが、わたしにとって山崎くんも初恋の人になるのかな~~って言い出しちゃって」
「あいつらに初恋なんて定義が当てはまるのか」
 
さくらからこの話題を切り出された時、小狼は何気ない返事を返しながらも注意深くさくらの表情を観察していた。
さくらの初恋の相手を知っていたからだ。
そして、その初恋が残酷な結末を迎えたことも。
 
さくらの初恋の相手、それは自分ではない。あの人だ。
かつて、さくらの一番はあの人だった。
さくらはあの人に恋をして、あの人の後を追いかけて、そしてその想いの全てをあの人にぶつけた。
だが、それはあの人に受け入れてもらえなかった。
 
「さくらちゃんの本当の一番は自分じゃないから」
 
あの人はそう言ったそうだ。
さくらの中にある自分への想いは家族に対する『好き』と同じもので、本当の『好き』ではないと。
 
「でもね! そうじゃない好きも雪兎さんにはあったの。ほんのちょっとだけどお父さんとは違った好きが」
 
そう言いながらさくらは泣いた。
あの時、さくらが流した涙の色は今でも鮮明に心に焼き付いている。
泣き虫、すぐ泣く、さくらのことをずっとそう思っていたけど、本当に涙を流して泣くのを見たのはあれが初めてだった。
それほどに辛い出来事だったのだ。
小狼の知る限りでは、さくらの周りにいる女の子たちの中に辛い失恋を経験した者はいない。
初恋を話題にして騒いでいる時間は他の子には楽しい時間でも、さくらにとっては辛い時間だったのではないか、と思ったのだ。
そう思って適当な相槌を打ちながらチラチラとさくらの顔を観察していたが、さくらの表情は思いの他、明るい。
あの時のことは思い出さなかったのか、とホッと気を抜いたら、どうもそれが顔に出てしまったようだ。
 
「どうしたの、小狼くん。変な顔しちゃって」
 
さくらからツッこまれてしまった。
 
「あ、なんでもない。ちょっと考え事をしてただけだ」
「考え事~~? わたしの言ってること聞いてなかったの~~??」
「いや! ちゃんと聞いてたぞ」
「じゃあ、何を考えてたのよ!」
「それは、その・・・・・・なんだ。え~っと・・・・・・」
 
そうツッこまれても返事に困る。
迂闊にあの時のことを思い出してましたとは言えない。さくらの古傷を抉ることになりかねないからだ。
どう言い訳しようかと必死で考えていたら、さくらの方から先に言い出されてしまった。
 
「小狼くん、ひょっとしてわたしと雪兎さんとのことを思い出してたの?」
「そ、そうだ・・・・・・。お前の『初恋の人』はあの人だからな」
「初恋の相手が小狼くんじゃないのって、やっぱり気になる?」
「そうじゃない! ただ、お前があの人にふられた時のことを思い出して辛かったんじゃないかと思って・・・・・・」
 
そこまで言ったところで小狼は言葉を切った。
さくらの反応が気になったのだ。
あの日のことを思い出したら辛くなるにきまっている。
注意していたつもりだったのに、わざわざさくらの古傷を抉る結果になってしまったのか・・・・・・そう思ったからだ。
 
案の定、さくらの顔には一瞬、暗い陰りが浮かんだ。
けれど、それは小狼が謝罪の言葉を口にするより早く消え去った。
 
「わたしのこと心配してくれてありがとう。でも、あの時のことはもう大丈夫だよ。あの時、小狼くんが慰めてくれたから」
「辛いこと思い出させてゴメン」
「いいの。それにね、小狼くん。雪兎さんとのことはたしかに辛い思い出だけど、今では雪兎さんが初恋の人で本当によかったな、って思ってるの」
「そうだな。あの人はさくらの初恋にふさわしい素敵な人だよ」
「あ、そういう意味じゃないの。小狼くんにも関係あること。ふふっ、わからない?」
「オレに関係あること? なんだ、それ」
「だって、小狼くんの『初恋の人』も雪兎さんでしょ?」
「!?」
「『初恋の人』が同じなんて、なんていうかこう、運命的なものを感じない?」
「そ、そうか?」
「ん? あれ? 小狼くん? なに、その顔。小狼くん・・・・・・もしかして雪兎さんよりも前に好きになった人がいたの?」
「いや、いない! オレもあの人が初恋の人だ」
「ホント? じゃ、やっぱりわたしと小狼くんは運命の人だよ! うん、きっとそうだよ!」
「ああ。そうだな」
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・
 
☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆
 
小狼の答えに喜色満面のさくら。
それを見ながら、小狼はさくらとは別のことを考えていた。
 
(――悪いな、さくら。オレの初恋の人はあの人じゃない。お前なんだ・・・・・・)
 
・・・・・・と。
 
『小狼に好きな人が出来たら一番にわたしに教えてね!』
 
幼い頃に苺鈴と交わした約束。
だけど、雪兎に魅かれていた時期、自分はこの約束を思い出さなかった。
苺鈴がすぐ傍にいたにもかかわらず。
それは多分、心のどこかでこれが本当の恋ではないことに気がついていたから。
これは魔力に魅かれているだけ。本当の恋とは違う―――と。
その証拠に、さくらへの想いを自覚した時は真っ先にこの約束を思い出した。
 
自分のあの人への想いは、ただ月の魔力に惑わされていただけ――
本当の初恋の相手はさくら、お前だ――
 
それを小狼は口にはしなかった。
小狼くんだけ初恋が叶ってるなんてズルイ! とさくらがむくれるのが目に見えてたからだ。
それにちょっとおかしな形だけど、さくらが自分を「運命の人」と思ってくれるというのも悪くない。
心を許しあった仲でも言わなくて良いこともあるだろう。
 
(これはこの先もずっとオレだけの秘密だな・・・)
 
自分だけの秘密を胸に、微かな微笑を浮かべる小狼だった。
 
END
 
<管理人茶々のコメント>
 

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